従業員の退職金、内部留保から払っていませんか?気づかぬうちに膨らむ"見えない負債"

📋 この記事でわかること

  • 退職給付債務(見えない負債)の実態と経営へのリスク
  • 内部留保と外部積立の「損金算入タイミング」の決定的違い
  • 自社の"見えない負債"を把握する簡単な試算方法
  • 中退共や企業型DCを活用して負債をオフバランス化する手順

「うちの会社、退職金は内部留保から払えばいい」——もしそうお考えなら、今すぐ立ち止まって本記事をお読みください。実はそれ、会社のBSには載っていない"見えない負債"を毎日積み上げている状態かもしれません。

先日、ある中小企業オーナーから「正直、退職給付債務という言葉も知らなかった。BSに載っているかも、いくら膨らんでいるかも分かっていなかった」というお話を伺いました。これは決して特殊な例ではなく、多くの中小企業で起きている共通の課題です。

本記事では、従業員の退職金を内部留保で賄う中小企業がどんなリスクを抱えているのか、自社の"見えない負債"はいくらなのか、そしてどう対処すべきかを、専門用語を可能な限り平易に解説します。

最初に、自社の現状を確認してみてください。

💡 ポイント:中小企業の多くが退職金の外部積立をしておらず、知らずに「見えない負債」を抱えています。

目次

中小企業オーナーがよく持っている3つのパターン

パターン退職金の準備方法状態
A「会社の貯金から払えばいい」(内部留保依存)危険信号
B退職金規程はあるが、特に準備はしていない危険信号
C中退共・企業型DC等で外部積立している健全

「うちはAかな」「Bに近いかも」と感じた方は、会社が"見えない負債"を抱えている可能性が高い状況です。

中小企業の実態:A・Bが圧倒的多数

厚生労働省の「就労条件総合調査」によれば、退職給付制度がある中小企業のうち、退職金準備のための外部積立を行っていない会社が一定数存在しています。多くの中小企業オーナーが「退職金は会社が出すもの」という意識のまま、特別な準備をしていないのが実態です。

A・Bの会社で起きていること:「気づかないうちに負債が膨らんでいる」

これらの会社では、従業員が長く勤めるほど、将来支払う退職金が雪だるま式に増えていきます。しかもこの「将来の支払い義務」は、多くの場合BSに載っていないため、経営者自身が自社の負債総額を正確に把握できていないのです。

これが本記事のテーマである「見えない負債」の正体です。

2. 「退職金は会社の貯金から」が招く落とし穴

「貯金が十分あれば内部留保から払えばいい」と考える経営者は多いですが、実はこの考え方には致命的なリスクが潜んでいます。

💡 ポイント:業績悪化時や複数人の同時退職時に、退職金支払いが会社の資金繰りを大きく圧迫します。

内部留保で退職金を払う仕組みの問題点

主な問題点は次の3つです。

問題①:退職時にまとまった現金が必要になる

退職金は退職時に一括で発生する大きな支出です。月々の給与のように分散されないため、突然の現金流出を引き起こします。長く勤めた幹部社員ほど、退職金は数千万円規模になることもあります。

問題②:業績悪化のタイミングで退職者が出ると致命的

最悪なのは、業績が悪い時期に退職者が重なるケースです。会社の現預金が乏しい時に大きな退職金支払いが発生すると、運転資金まで圧迫し、最悪の場合は黒字倒産のリスクすらあります。

問題③:複数の従業員が同時期に退職すると資金繰りが破綻

50代の幹部社員が同年代で複数いる会社では、5〜10年の間に複数人が定年退職することが珍しくありません。この時、合計数千万円〜1億円規模の退職金が短期間に発生する可能性があります。

具体的な失敗事例

実務上、次のような事例がよく見られます。

  • 事例①:50代の幹部社員2人が同時退職、合計4,000万円の退職金が必要に。会社の現預金から捻出したが、設備投資計画が遅延
  • 事例②:業績悪化期に退職者が増え、退職金支払いで運転資金まで圧迫。一時的に銀行借入で対応
  • 事例③:退職金規程はあるが現金準備なし、結局支払えず労使トラブルに発展

「退職金規程があるのに払えない」ことの法的リスク

特に深刻なのが事例③のケースです。退職金規程は労働契約の一部として位置付けられており、不払いは未払賃金として法的請求の対象になります。

つまり、退職金規程を作成して労働基準監督署に届け出た時点で、その金額は会社が支払うべき確定的な債務となるのです。これを「貯金から払えばいい」と曖昧に管理していると、いざという時に致命的な経営リスクにつながります。

3. それを"見える化"する考え方が「退職給付債務」

ここで、ようやく専門用語を導入します。実は、ここまで説明してきた「従業員の退職時に会社が支払う約束をしている退職金の総額」のことを、会計の世界では「退職給付債務」と呼びます。

💡 ポイント:退職給付債務はBSに載らなくても確実に存在する「未来の人件費の前借り」です。

退職給付債務とは何か(できるだけ平易に)

難しく聞こえますが、要するにこういうことです。

今いる従業員が将来辞めたときに、会社が支払う約束をしている退職金の総額

つまり、「将来確実に発生する人件費の前借り」のようなものです。給与は毎月支払いますが、退職金は将来一括で発生する。この「将来発生する確定的な支払い義務」を金額で見える化したものが退職給付債務です。

なぜ「債務」と呼ぶのか

「債務」と聞くと借金のように感じるかもしれませんが、まさに銀行借入と同じ意味で「いつか必ず返す(払う)お金」だからです。

  • 銀行借入:契約に基づき、将来銀行に返済する義務
  • 退職給付債務:規程に基づき、将来従業員に支払う義務

両者の違いは「相手が銀行か従業員か」だけで、会社にとっての将来の支払い義務という性質は同じです。

中小企業のBSには簡便法で計上されることが多い「見えない負債」

ここで重要なポイントです。上場企業や一定規模以上の会社では、会計基準に基づき退職給付債務をBSに計上することが義務付けられています(原則法)。一方、中小企業の場合は「中小企業の会計に関する指針」「中小企業の会計に関する基本要領」に基づき、簡便法(期末自己都合要支給額をベースに計上)が認められています。

つまり、中小企業の場合:

  • 適切に計上している会社:簡便法で退職給付引当金として計上 → 経営者も把握できる
  • 計上を怠っている会社:実態として負債が存在するのに、BSに反映されていない → 経営者も気づかない
  • 計上していてもざっくり:簡便法のため精緻な数字とは限らない

実務上は、退職金規程があるにもかかわらず適切な引当金計上を行っていない中小企業が一定数存在します。「中小企業の会計に関する指針」上は計上すべきものとされているにもかかわらず、税務上の損金算入要件が厳しいことなどもあり、「計上しないまま放置」という状態が生まれているのです。

BSに載っていない=負債が存在しない、ではないということを強く理解する必要があります。

載っていなくても「会社の負債であること」は変わらない

会計上の処理がどうであれ、退職金規程がある以上、会社は将来支払う義務を負っています。BSに載らなくても、その義務は確実に積み上がっているのです。

これが「見えない負債」と呼ばれる所以です。

4. 【知らないと損する】損金算入のタイミングが大きく違う

ここで、多くの中小企業オーナーが見落としている重要な税務上の論点があります。それが「損金算入のタイミング」です。「同じ金額を準備するなら、いつ損金にできるかで法人税の負担が大きく変わる」——これを知らないと、毎年大きな税金を余分に払い続けることになります。

💡 ポイント:内部留保は退職時しか損金になりませんが、企業型DCや中退共は毎月の掛金が全額損金になります。

退職金は「実際に支払う事業年度」までは損金にできない(内部留保の場合)

退職金を内部留保で準備している場合、会計上の引当金計上と税務上の損金算入は別物です。

会計上は「退職給付引当金」として将来の支払いに備えて費用計上することができますが、税務上の取り扱いはまったく異なります

具体的には次のようになります。

  • 会計上:退職給付引当金として毎期費用計上が可能(あくまで会計処理)
  • 税務上:引当金の繰入額は全額損金不算入平成10年度の法人税法改正で退職給与引当金の損金算入は廃止されました)
  • 損金算入できるタイミング:従業員の退職金は「退職の事実」「支給金額の確定」「支給する日の確定」の3要件を満たした事業年度。実務的にはほぼ退職時にしか損金にならない

つまり、内部留保で退職金を準備している会社は、従業員が退職するまでは何年積み立てていても、その積立額は税務上の損金にはならないのです(出典:国税庁「No.5208役員の退職金の損金算入時期」、法人税基本通達9-2-28・2-2-12)。役員退職金についても、同様に「株主総会の決議で金額が具体的に確定した事業年度」または「実際に支払った事業年度」が損金算入時期となります。

企業型DC・中退共は「毎月の掛金拠出時」に損金算入できる

一方、企業型DC・中退共のような外部積立制度は、税務上の取り扱いが大きく異なります。

  • 企業型DC:事業主掛金を拠出した事業年度に全額損金算入
  • 中退共:掛金を拠出した事業年度に全額損金算入

つまり、外部積立制度は毎月の掛金拠出のたびに、その金額が当期の損金になるのです。「現実に納付しなければ損金算入できない」(法人税基本通達9-3-1)というルールはありますが、毎月の掛金引落により自動的に納付されるため、実務上は拠出時=損金算入時期となります(出典:国税庁「No.5231 確定給付企業年金等に係る課税関係」)。

損金算入タイミングの違いを比較表で整理

両者の違いを表で整理すると、次のようになります。

項目内部留保企業型DC・中退共
会計上の費用計上引当金として毎期可能拠出時に費用計上
税務上の損金算入退職時に支払額のみ毎月の拠出時に全額
損金算入の時期退職という偶発的なタイミング毎月計画的に
法人税の節税効果退職時に集中毎期均等に発生

この違いが経営に与える影響

損金算入タイミングの違いは、会社の税負担と経営計画に大きな影響を与えます。

ケースA:内部留保依存の会社

  • 毎期の利益から税金を払い、税引後の利益で内部留保を積み立てる
  • 退職金を支払うときに大きな損金が一気に発生
  • 退職者が出る年だけ大きな節税効果(しかし利益も削られる)
  • 結果:節税のタイミングをコントロールできない/毎期の税負担が重い

ケースB:企業型DC・中退共を活用する会社

  • 毎月の掛金が当期の損金として処理される
  • 掛金額×法人税率の節税効果が毎期確実に発生
  • 退職金支払時に追加の税負担なし(外部から支給されるため)
  • 結果:計画的な節税/毎期の税負担を平準化できる

具体的な節税効果の試算

たとえば月10,000円の中退共掛金を従業員30名分拠出した場合:

月10,000円 × 30名 × 12ヶ月 = 年間360万円の損金算入

法人税実効税率を約30%とすると、年間約108万円の節税効果

これが内部留保で同じ金額を積み立てると、毎年の節税効果はゼロ(退職金支払時まで損金にならない)です。

つまり、外部積立に切り替えるだけで、毎年100万円規模の税負担を軽減できるケースが多いのです。「いつ損金にできるか」は、退職金準備の方法を選ぶうえで決定的に重要な論点です。

5. 自社の"見えない負債"はいくら?簡易試算してみよう

ここで読者の皆さんに、自社の"見えない負債"を試算していただきたいと思います。

💡 ポイント:全従業員の退職金総額を計算し、自社の純資産や現預金と比較して実態を把握しましょう。

1 ざっくり試算する方法(電卓で計算可)

最も簡単な方法は、「全従業員が今すぐ自己都合退職した場合の退職金総額」を計算することです(これを「期末退職金要支給額」と呼びます)。

手順は次の通りです。

  • 1. 退職金規程を確認する
  • 2. 各従業員の現時点での勤続年数・基本給を把握する
  • 3. 規程に従って各従業員の退職金額を計算する
  • 4. 全従業員分を合計する

2 実例シミュレーション:従業員30名の中小企業の場合

仮に従業員30名・平均勤続10年・退職金規程に基づく1人あたり平均退職金600万円の会社では:

600万円 × 30名 = 1億8,000万円

これが現時点での"見えない負債"の概算規模です。

50名・平均勤続15年の規模になれば、1人800万円としても4億円規模の見えない負債を抱えていることになります。

3 即座に支払う必要はないが、「未来の支払予定」として確実に存在

「全員が今日辞めるわけではないから関係ない」と思われるかもしれませんが、退職時期を分散させた長期で見ても、これだけの金額が確実に流出する予定になっているのです。

たとえば30年で全員が定年退職するとしても、平均すると毎年6,000万円以上の退職金支出が発生する計算になります。

4 会社の純資産・現預金と比較してみる

試算した退職給付債務を、自社の純資産・現預金と比較してみてください。

  • 純資産5億円・退職給付債務2億円の会社:純資産の40%が"見えない負債"
  • 現預金3億円・退職給付債務2億円の会社:手元資金の3分の2が将来の退職金で消える計算

この比較をすることで、経営判断(投資・採用・賃上げ)に直結する数字として退職給付債務を捉えられるようになります。

5 「これだけの負債を抱えている」と気づくことの意味

冒頭の社長の例のように、「知らないこと自体がリスク」です。気づかぬまま放置すれば、いざという時に経営が傾きかねません。

逆に、一度試算してしまえば、経営判断の質が大きく向上します。「退職金準備にいくら必要か」が見えれば、計画的な対策が取れるようになるからです。

6. 内部留保依存から脱却する3つの方法

「見えない負債」の存在に気づいたら、次はどう対処するかです。代表的な方法は3つあります。

💡 ポイント:中退共や企業型DCを活用し、退職給付債務を会社の外へ切り離す(オフバランス化する)ことが重要です。

1 中小企業退職金共済(中退共)

中退共は、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する国の中小企業向け退職金制度です(出典:中小企業退職金共済事業本部「制度の特色」)。

主な特徴は次の通りです。

  • 掛金:従業員ごとに月額5,000円〜30,000円から選択(短時間労働者は2,000円〜4,000円)
  • 税制:掛金は全額損金算入で法人税節税
  • 積立:会社の外部に積み立て(退職給付債務をオフバランス化
  • 国の助成:新規加入時、掛金月額の2分の1(上限5,000円)を加入後4ヶ月目から1年間助成
  • 退職金:従業員退職時に機構から直接従業員に支給

最大のメリットは、外部積立になるため「見えない負債」を会社のリスクから切り離せる点です。会社が積み立てた瞬間に、その資金は会社の外(機構)に移り、退職時にも会社を経由せず直接従業員に支給されます。

デメリットは、運用利回りが低めなこと、掛金の減額にハードルがあること、加入対象や懲戒解雇時の制限があることです。

2 企業型確定拠出年金(企業型DC)

企業型DCは、会社が事業主として導入する確定拠出年金制度です。中退共と並ぶ中小企業の退職金準備の有力な選択肢です。

主な特徴は次の通りです。

  • 掛金:月6.2万円(2027年1月引落分から。それ以前は月5.5万円)
  • 税制:掛金は全額損金算入+従業員の所得控除
  • 退職給付債務:そもそも発生しない(拠出時点で会社の責任が完結)
  • 運用:従業員自身が投資商品を選択
  • 受給:60歳以降に一時金または年金で受給

最大のメリットは、退職給付債務がそもそも発生しない点です。掛金を拠出した時点で会社の責任は完結し、その後の運用結果は従業員に帰属するため、会社は将来の退職金支払い義務から解放されます。

また、福利厚生として採用力・定着率向上にも貢献します。

デメリットは、初期費用・月額運営コストがかかること、60歳まで引き出せないこと、投資教育の体制が必要なことです。

3 中退共+企業型DCの併用

実は、両方を組み合わせる方法もあります。これは中小企業の退職金制度設計として理想的なパターンの一つです。

  • 中退共:「退職時の一時金」として活用(中途退職時の給付)
  • 企業型DC:「老後の上乗せ」として活用(60歳以降の給付)

両者の役割分担により、「中途退職対応」「老後資金形成」「節税効果」のすべてを満たせる設計が可能になります。中退共と企業型DCは併用が認められており、運用方針を分けることでリスク分散にもつながります。

比較表:3つの方法を一覧で

それぞれの特徴を表で整理します。

方法退職給付債務法人税節税運用中途退職時国の助成
内部留保発生する(社内に積立)効果なしなし会社が支払なし
中退共オフバランス化◎全額損金低リスク(機構運用)直接給付あり
企業型DC発生しない◎全額損金自己責任(従業員選択)60歳まで持ち越しなし
中退共+DCオフバランス化バランス型中退共部分は給付あり

いずれの外部積立方式でも、内部留保依存より圧倒的に経営リスクを下げられる」ことがお分かりいただけるはずです。

7. 既存の退職金制度から企業型DCへの移行はできるのか

「現状の退職金制度をすでに持っている会社が、企業型DCに移行することはできるのか」——これも経営者の方からよく寄せられる質問です。

結論から言えば、既存の退職金制度から企業型DCへの移行は可能です。ただし、いくつかの重要なポイントがあります。

💡 ポイント:既存の退職一時金制度から企業型DCへは、4〜8年かけて段階的に資産移換が可能です。

既存制度から企業型DCへの移行は法律上認められている

確定拠出年金法では、既存の以下の制度から企業型DCへの資産移換が認められています。

  • 退職一時金制度(社内積立・内部留保で準備している退職金制度)
  • 確定給付企業年金(DB)
  • 厚生年金基金
  • 中小企業退職金共済(中退共)(一定条件下、2018年5月以降)

つまり、現在内部留保で退職金を準備している会社も、過去に積み立てた相当額を企業型DCに移換することができるのです。

退職一時金制度から企業型DCへの移行のポイント

退職一時金制度(内部留保型)から企業型DCへの移行には、特有のポイントがあります。

  • ポイント①:移換は4〜8年に分割して行う
    確定拠出年金法上、過去分の資産移換は単年度で完了させることができません。一般的に4年〜8年に分割して移換することが必要です。これは加入者の不利益を避けるためのルールです。
  • ポイント②:移換上限額は「自己都合退職金額の差額」
    移換できる金額には上限があります。企業型DC導入前後の退職金規程を比較し、自己都合退職金額の差額が移換上限となります(出典:ろうきん「DC制度移行の留意点」)。
  • ポイント③:退職金規程の改訂が必要
    企業型DCへの移行に伴い、退職金規程の改訂と労使合意が必須です。
  • ポイント④:従業員の不利益が生じない設計が必要
    過去分の移換にあたり、働き続ける従業員に不利益が生じないよう、退職金規程を改定する必要があります。たとえば、自己都合退職時の減額率を考慮した設計が求められます。

中退共から企業型DCへの移行も可能に

2018年5月の法改正により、中退共から企業型DCへの資産移換も可能になりました。ただし、合併等により中小企業の要件を満たさなくなった場合など、一定の条件があります。

会社の規模拡大により中退共の加入要件(業種により従業員300人以下など)を超えた場合、企業型DCへの移行が選択肢になります。

移行の主なパターン3つ

実務上、既存退職金制度を持つ中小企業が企業型DCを導入するパターンは大きく3つに分類できます。

パターン①:既存制度を維持+企業型DCを上乗せ

  • 既存の退職金規程はそのまま
  • 企業型DCを新規で追加導入
  • 退職金水準を引き上げたい会社向け
  • 会社負担は増加するが、福利厚生・採用力強化に有効

パターン②:既存制度を縮小+企業型DCで補完

  • 既存の退職金規程の支給水準を一部引き下げ
  • 引き下げ分を企業型DCに移管
  • 会社負担総額は概ね現状維持
  • 退職給付債務を一部オフバランス化できる

パターン③:既存制度を廃止+企業型DCに完全移行

  • 既存の退職金規程を廃止
  • 過去分も含めて企業型DCに移換(4〜8年で分割)
  • 退職給付債務を全面的にオフバランス化
  • 最も抜本的な改革

どのパターンが最適かは、会社の規模・財務状況・従業員の年齢構成・既存制度の支給水準によって変わります。

移行は「全部か無か」ではなく段階的に進められる

「移行」と聞くと「既存制度を全部廃止してDCに切り替える」というイメージを持たれる方も多いですが、実際には段階的な移行が現実的です。

たとえば次のような進め方が一般的です。

  • 1. 第1段階:今後の積立分から企業型DCで対応開始(既存制度はそのまま)
  • 2. 第2段階:数年後、既存制度の支給水準を一部引き下げ(労使合意)
  • 3. 第3段階:過去分の段階的移換を開始(4〜8年計画)
  • 4. 第4段階:完全移行または既存制度との併用を確定

このように、従業員の不利益を最小化しながら、段階的に企業型DCにシフトしていくのが実務上の主流です。

移行には専門家の関与が必須

既存退職金制度から企業型DCへの移行は、以下の専門家の連携が必須です。

  • 社労士:退職金規程の改訂・労使合意・労働法規上の対応
  • 税理士:移換時の税務処理・移行後の損金算入の取り扱い
  • 企業型DC専門家:制度設計・規約作成・運営管理機関の選定
  • 必要に応じて弁護士:労使紛争リスクへの備え

「自社で進めようとしたが、規程の整理がつかず頓挫した」という事例も少なくありません。最初から専門家チームを編成して進めることが、結果的に最速かつ最も確実な方法です。

8. 中小企業オーナーが「気づかぬうちに膨らむ負債」と向き合う4ステップ

ここまで読まれた方は、「で、結局何から始めればいいのか」が知りたいはずです。実践的な4ステップを整理します。

💡 ポイント:まずは自社の規程を確認・試算し、専門家を交えて最適な制度へ移行しましょう。

1 自社の退職金規程を確認する

まずは現状把握から始めます。

  • 退職金規程はあるか?
  • 規程に基づく支払総額は試算できるか?
  • 規程の最後の改訂はいつか?

退職金規程がない会社でも、慣行的に支払っていた実績がある場合は労働契約上の義務が発生していることがあるため要注意です。

2 簡易試算で"見えない負債"を可視化する

第4章で示した方法で、自社の退職給付債務をざっくり試算してみてください。

  • 全従業員分の合計額を出す
  • 会社の純資産・現預金と比較する
  • 5年後・10年後にどの程度膨らむかを推計する

社労士・税理士に依頼すれば、より精緻な試算が可能です。

3 外部積立への切り替えを検討する

可視化された負債に対して、中退共・企業型DC・両併用の3択から最適な方法を選びます。

自社の状況推奨する選択肢
従業員が少なく、シンプルさ重視中退共単独
福利厚生・採用力強化を重視企業型DC単独または併用
バランスよく対応したい中退共+企業型DC併用

4 専門家との設計セッションへ

退職金制度の見直しは、社労士・税理士・DC専門家との連携が必須です。

  • 社労士:退職金規程の改訂・労使合意のサポート
  • 税理士:税務上の取り扱い・節税効果の試算
  • DC専門家:企業型DC・中退共の制度設計

特に既存の退職金規程がある場合、規程の改訂・労使合意・移行期間の設計が必要になります。自社だけで進めるのは現実的ではないため、専門家のサポートを得ることが成功への近道です。

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よくある質問(FAQ)

Q

中小企業会計指針では退職給付債務の計上は本当に必要ない?

A

「中小企業の会計に関する指針」では、退職給付引当金は原則として計上が必要で、原則法または簡便法(期末自己都合要支給額ベース)から選択できます。「中小企業の会計に関する基本要領」でも、退職一時金制度がある場合は自己都合要支給額を基に計上することとされています。つまり「計上しなくてよい」のではなく、「簡便な方法での計上が認められている」というのが正確です。実務上は計上を怠っている中小企業も多いですが、本来は計上すべきものですし、計上の有無にかかわらず実態として負債は存在しています。会計上の取り扱いと、経営上の負債管理は別の話として捉える必要があります。

Q

すでに内部留保している場合、これから外部積立に切り替えられる?

A

はい、可能です。中退共や企業型DCを新規導入することで、今後の積立分は外部積立に切り替えられます。さらに、過去に積み立てた退職金相当額についても、企業型DCへの段階的な移換(4〜8年)が法律上認められています。「これまで分は会社が責任を持ち、今後の積立は外部に切り替える」という部分移行から、「過去分も含めて完全移行」まで、複数のパターンが選択可能です。専門家のサポートを得て丁寧に設計することが重要です。詳しくは本記事「7. 既存の退職金制度から企業型DCへの移行はできるのか」をご確認ください。

Q

退職金規程がない会社は退職給付債務を考えなくていい?

A

規程がなくても、慣行的に退職金を支払っていた場合は労働契約上の義務が発生している可能性があります。「規程がないから払わなくていい」とは限りません。逆に、規程を新たに整備するタイミングで外部積立を組み込むのは合理的な選択です。

Q

中退共と企業型DC、中小企業にはどちらが向いている?

A

厳密な会計上の退職給付債務は「従業員」に対するものですが、役員退職金についても会社が将来支払う義務があることに変わりはありません。役員退職金の準備については企業型DCの受け取り方|一時金・年金・併用どれが社長にとって一番得かで詳しく解説しています。

Q

役員の退職金も退職給付債務に含まれる?

A

厳密な会計上の退職給付債務は「従業員」に対するものですが、役員退職金についても会社が将来支払う義務があることに変わりはありません。役員退職金の準備については企業型DCの受け取り方|一時金・年金・併用どれが社長にとって一番得かで詳しく解説しています。

Q

内部留保が潤沢にあれば、外部積立は不要では?

A

内部留保が十分にあっても、外部積立にするメリットは依然として大きいです。

  • 法人税節税効果(外部積立は毎月の損金算入、内部留保は退職時のみ損金算入)
  • 退職給付債務のオフバランス化
  • 従業員への福利厚生としての見せ方
  • 経営者交代・事業承継時のリスク分離

内部留保は他の用途(事業投資・運転資金)に活用し、退職金準備は外部積立で行う方が、会社全体の財務効率が高くなるケースがほとんどです。

Q

退職給付引当金を計上していれば、税務上も損金になるのでは?

A

会計上の引当金計上と税務上の損金算入は別物です。

平成10年度の法人税法改正により、退職給与引当金の損金算入制度は廃止されました。つまり、会計上で退職給付引当金を計上しても、その繰入額は全額損金不算入となり、法人税の計算では加算(増額)処理が必要になります。

税務上、従業員退職金は「退職の事実」「金額の確定」「支給日の確定」の3要件を満たした事業年度に損金算入できます(法人税基本通達2-2-12)。実質的には退職時にならないと損金算入できないのが実態です。一方、企業型DC・中退共の掛金は拠出した事業年度に全額損金算入できます。この違いが、内部留保依存と外部積立の決定的な差を生んでいます。

まとめ

「気づくこと」が経営判断の第一歩

  • 「退職金は会社の貯金から」という考えは、"見えない負債"を会社に抱えている状態
  • 退職給付債務はBSに載らないことも多いが、実体としては確実に存在する負債
  • 内部留保では税務上の損金算入は退職時のみだが、企業型DC・中退共は毎月の拠出時に全額損金算入できる
  • 自社の"見えない負債"を試算することで、経営判断が大きく変わる
  • 中退共・企業型DC・両併用の3つの方法で、負債を見える化+オフバランス化できる
  • 既存退職金制度から企業型DCへの移行も可能(4〜8年の段階的移行が現実的)
  • 「気づかぬうちに膨らんでいる」状態を放置せず、まずは試算から始める
  • 制度の見直しは専門家との連携が必須

冒頭でご紹介した社長のように、「退職給付債務という言葉も知らなかった」という経営者は決して珍しくありません。気づくこと自体が、経営判断の第一歩です。

「自社の場合、退職給付債務はいくらになるのか」「どの制度を選ぶのが最適か」「既存の退職金規程をどう改訂すればよいか」——こうした個別のお悩みは、企業型DCの導入支援実績が豊富な弊社にぜひご相談ください。

経験豊富な専門家が、貴社の状況に合わせた最適な退職金制度の設計と移行支援をご提案します。

参考・出典

本記事は以下の公式情報・公的資料を参照して作成しています。最新情報は必ず公式サイトでご確認ください。

※本記事は2026年5月時点の情報に基づいて作成しています。法改正や具体的な運用ルールは今後変更される可能性がありますので、最新情報は厚生労働省・中退共などの公式サイトもご確認ください。また、個別の制度設計や税務判断は、専門家へのご相談をおすすめします。

【免責事項】

本記事は、企業型確定拠出年金(企業型DC)に関する一般的な情報提供を目的として作成されています。記載内容は執筆時点の法令・税制に基づくものであり、今後の法改正・制度変更により内容が変わる場合があります。本記事は特定の投資行動・税務処理・法的手続きを推奨するものではなく、個別の状況に応じた専門的アドバイスの提供を目的とするものではありません。実際の導入・運用にあたっては、税理士・社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー等の専門家へのご相談を強くお勧めします。本記事の情報を利用したことにより生じたいかなる損害・不利益についても、株式会社FGパートナーズは一切の責任を負いません。