事業承継を見据えた退職金準備|後継者がいる社長・いない社長で変わる企業型DCの活用法

📋 この記事でわかること

  • 事業承継と退職金準備をセットで考えるべき理由
  • 中小企業の事業承継4つのパターンと退職金の実態
  • 後継者の有無による退職金準備の戦略の違い
  • 企業型DCが事業承継時に強力な武器になる理由
  • 事業承継までの理想的なスケジュールと逆算の重要性

「事業承継のことを考えると気が重い」「自分の退職金は別の問題」——多くの中小企業オーナーが、この2つを別々に考えています。しかし実は、事業承継と退職金準備は密接にリンクしている経営課題です。

中小企業庁の調査では、中小企業の約半数が後継者不在という深刻な状況(帝国データバンク2025年調査では50.1%)。後継者がいる社長・いない社長、親族内承継・M&A・廃業——それぞれのパターンで、退職金準備の最適解は大きく異なります。

本記事では、4つの事業承継パターン別に退職金準備の戦略を整理し、企業型確定拠出年金(企業型DC)が事業承継時にどう強力な武器になるかを解説します。

目次

1. 事業承継と退職金、なぜセットで考えるべきか

💡 ポイント:退職金準備を事業承継と切り離して考えると、最適な解決策にはたどり着けません。

多くの社長が陥る「別々思考」の罠

事業承継と退職金準備を別々に考えている社長は少なくありません。

  • 事業承継:会社の未来の話
  • 退職金準備:自分の老後の話

一見すると別の論点に見えますが、両者を別々に考えると最適解にたどり着けません

実は両者は密接にリンクしている

実務上、事業承継と退職金は次のように深く絡み合います。

  • 役員退職金の支払いは事業承継の重要なステップ(M&A前に支給して譲渡対価を圧縮する手法など)
  • 退職金準備の方法(内部留保 vs 外部積立)が事業承継時の会社のキャッシュフローを左右
  • 既存の退職金規程の見直しが、後継者の経営の自由度に影響

つまり、「いつ・どう退職金を準備するか」は、「どう事業を引き継ぐか」と一体で考える必要があるのです。

「いつから準備すべきか」の答え

理想は事業承継の3〜5年前から逆算した準備です。早ければ早いほど選択肢が広がります。

ただし、「もう遅い」と諦める必要もありません。60代から始めても、適切な設計があれば十分に意味のある準備が可能です。

2. 中小企業の事業承継、4つのパターンとそれぞれの実態

💡 ポイント:中小企業の事業承継は大きく4つに分類でき、パターンによって退職金の位置づけが変わります。

中小企業の事業承継の現状

帝国データバンクの2025年調査によれば、全国の後継者不在率は50.1%(過去最低を更新)で、依然として中小企業の約半数が後継者不在の状況にあります。

中小企業に絞ると不在率は51.2%、特に小規模企業では57.3%と高水準で、規模が小さい企業ほど後継者対策が進んでいない実態が浮き彫りになっています。

また、事業承継の形式にも大きな変化が見られます。これまで最多だった「同族承継」(32.3%)を、血縁関係によらない役員・社員を登用した「内部昇格」(36.1%)が初めて上回る兆しが出ています。「日本企業における事業承継は、これまで最も多かった親族間承継から、社内外の第三者へ経営権を移譲する『脱ファミリー化』の動きが加速している」と帝国データバンクは分析しています(出典:帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」)。

4つの事業承継パターン

中小企業の事業承継は、大きく4つのパターンに分類できます。

パターン内容特徴
①親族内承継子息・配偶者などへ伝統的な承継・株式と経営権を移転
②親族外承継役員・従業員へ(MBOなど)後継者の資金調達がハードル
③M&A第三者への売却後継者不在時に急増
④廃業会社をたたむ最後の選択肢、年々増加

各パターンで「役員退職金」の意味合いが違う

役員退職金の位置付けは、パターンによって大きく異なります。

  • 親族内・親族外承継:会社が支払い、社長は受け取る(引退の対価)
  • M&A:売却対価との関係が重要(退職金で対価を圧縮できる)
  • 廃業:会社の残余財産から取り崩し(計画的な支給が鍵)

自社がどのパターンに当てはまるかをまず認識することが、退職金準備の出発点です。

3. 後継者がいる社長の退職金準備戦略

💡 ポイント:後継者がいる場合、退職金による財務負担を最小限に抑える仕組みが必要です。

大原則:後継者の財務負担を最小化する

後継者がいる場合(パターン①②)の退職金準備の基本方針は、後継者の財務負担を最小化することです。

役員退職金は会社のキャッシュアウト。後継者にとって、引継ぎ直後の大きな現金流出は経営リスクになります。

内部留保からの退職金支払いの問題点

内部留保で退職金を準備していると、次のような問題が発生します。

  • 退職金支払い時に会社の現預金が一気に減る
  • 経営の柔軟性(投資・運転資金)が失われる
  • 後継者が経営を始めた直後に資金繰りリスクに直面

これは「会社を継ぐ前から手かせ足かせをはめられる」状態であり、後継者の意欲を削ぐ要因にもなります。

企業型DCを活用するメリット(後継者がいる場合)

企業型DCを活用することで、次のメリットが得られます。

  • 退職金原資が会社のキャッシュから外れる(外部積立)
  • 後継者は引継ぎ時に大きな現金流出を負担しなくて済む
  • 経営者は60歳以降に企業型DCから受給
  • 会社のBSがクリーンになり、後継者の経営判断が自由になる

つまり、企業型DCは「社長個人の老後資金準備」と「後継者の経営の自由度確保」を同時に実現する仕組みになるのです。

親族内承継と親族外承継、それぞれの追加考慮点

親族内承継の場合

  • 後継者にもDC加入権が継続
  • 「親子で同じ制度で老後資金準備」という設計が可能
  • 世代を超えた仕組みとして機能

親族外承継(MBOなど)の場合

  • 後継者の役員報酬設定の自由度が増す
  • 福利厚生の充実が後継者の経営にもプラス
  • 既存社員にも企業型DC加入を継続できる安心感

4. 後継者がいない社長の退職金準備戦略

💡 ポイント:後継者不在の場合、M&Aか廃業かを見据えた計画的な退職金準備が必須です。

後継者不在のリアル

中小企業の約半数(50.1%)が後継者不在という現実の中、後継者がいない場合(パターン③④)の社長は、自分の代で会社をどう「閉じる」かを考える必要があります。

選択肢はM&Aか廃業。それぞれで退職金の取り方が大きく異なります。

M&Aを目指す場合の退職金戦略

M&Aによる事業承継を目指す場合、退職金は重要な節税ツールになります。

ポイント①:株式譲渡前の役員退職金支給で譲渡対価を圧縮

株式譲渡前に役員退職金を支給することで、会社の純資産が圧縮され、株式の譲渡対価も連動して下がります。

ポイント②:退職金の方が税負担が軽い

  • 株式譲渡所得:譲渡益の20.315%課税
  • 退職所得:退職所得控除+1/2課税で圧倒的に税負担が軽い

つまり、「同じお金を受け取るなら、株式譲渡対価より退職金の方が手取りが大きくなる」のです。

M&Aと企業型DCの組み合わせ

企業型DCが活きるのは、会社売却後の保護という点です。

  • 企業型DCの資産は個人別管理資産として完全に保護される
  • M&A後も個人で運用継続が可能
  • 株式譲渡対価とは別に、確実な老後資金として残る

廃業を選ぶ場合の退職金戦略

廃業を選ぶ場合も、企業型DCは強力な味方になります。

  • 会社の残余財産から退職金を取り崩す
  • 廃業前の退職金支給は計画的に実施
  • 企業型DCは廃業後も個人別管理資産として保護される

「廃業=退職金準備失敗」ではありません。むしろ早めの企業型DC導入で老後資金を確保すれば、廃業も選択肢として成立します。

5. 【ケーススタディ】事業承継パターン別の比較

💡 ポイント:具体的な数字で比較すると、企業型DCの外部積立や節税効果の大きさが分かります。

具体的な数字でイメージしてみましょう。

ケースA:親族内承継(年商3億円・社長65歳・息子に承継予定)

前提:役員退職金1億円を支給予定

シナリオ状態
内部留保のみで準備会社のキャッシュが1億円減少 → 後継者の経営に大きな負担
企業型DC+外部積立を活用退職金原資が会社外で準備済み → 後継者のキャッシュフローは影響軽微

ケースB:M&A(第三者への売却・社長60歳)

前提:会社の純資産5億円・売却交渉中

シナリオ効果
株式譲渡対価5億円のみで受け取り譲渡所得税:約1億円(5億×20.315%)
退職金1億円を先に支給 → 株式譲渡4億円退職所得税+譲渡所得税:合計約9,000万円(退職所得の優遇税制を活用)

節税効果:約1,000万円

これに加えて、企業型DCで積み立てた個人別管理資産も別途確保。「会社売却益+退職金+企業型DC残高」の3階建てで老後資金を準備できます。

6. 企業型DCが事業承継時の「強力な武器」になる5つの理由

💡 ポイント:企業型DCの外部積立・保護機能・柔軟性が、事業承継をスムーズにします。

なぜ企業型DCが事業承継時に有効なのか、5つの理由を整理します。

理由①:会社の外部に資産を切り分けられる

内部留保依存だと事業承継時の負担が大きくなりますが、企業型DCは加入者個人の資産(個人別管理資産)として完全に会社から分離されます。

理由②:M&A時の譲渡対価交渉を有利に進められる

退職給付債務が会社から切り離されているため、純資産がクリーンに見えます。買い手側の評価も上がりやすく、譲渡対価の交渉が有利になります。

理由③:差し押さえ禁止財産として保護

確定拠出年金法第32条第1項により、企業型DCの受給権は差し押さえが禁止されています。万一の事業リスクや自己破産の場合でも、老後資金が守られます。

理由④:受取時期を自分でコントロールできる

60〜75歳の間で受給開始時期を選べます。事業承継のタイミングと退職金受給を柔軟に調整可能です。

理由⑤:後継者にも継続できる制度

親族内承継の場合、後継者も新たに加入者となれます。「世代を超えた老後資金準備の仕組み」として機能します。

7. いつから準備を始めるべきか|事業承継スケジュールと逆算

💡 ポイント:事業承継から逆算した計画的な準備が不可欠です。

事業承継までの理想スケジュール(10年計画)

事業承継を成功させるには、逆算した計画的な準備が不可欠です。

時期やるべきこと
10年前後継者検討開始・事業承継方針の決定
7年前退職金準備の本格スタート(企業型DC導入)
5年前後継者育成・段階的な権限移譲
3年前株式承継対策・税務対策の本格化
承継時役員退職金の支給・経営権移譲

「もう遅い」と諦めないために

「うちはもう60歳を過ぎているから手遅れ」と諦める必要はありません。

  • 65歳から始めても、企業型DCには5年・10年の準備期間がある
  • 法改正により、iDeCoは2027年から70歳未満まで加入可能に拡大予定
  • 今すぐ動けば、選択肢は十分にある

事業承継期にやってはいけない3つのこと

最後に、事業承継期の社長が避けるべき3つの失敗パターンを示します。

失敗①:退職金準備を「最後の最後」まで先延ばしにする

準備期間が短いほど選択肢が限られます。「気づいた時には遅い」が事業承継の最大のリスクです。

失敗②:内部留保依存で会社のキャッシュを枯渇させる

後継者に「キャッシュなしの会社」を渡すことになります。後継者の経営意欲を削ぐ要因にもなります。

失敗③:法人保険だけに頼る

2019年の税制改正で法人保険の節税効果は大きく制限されました。「法人保険で万全」と思い込むのは危険です。

8. 専門家連携の重要性

💡 ポイント:事業承継は複数分野にまたがるため、専門家チームとの連携が必要です。

事業承継は一人で進められない

事業承継は、税務・労務・法務・M&A・退職金など、複数の専門領域にまたがる課題です。それぞれの専門家の知見が不可欠です。

チームメンバーの役割分担

専門家役割
税理士退職金・株式承継の税務処理
社労士退職金規程の改訂・労使合意
M&AアドバイザーM&Aの場合の譲渡対価交渉
DC専門家企業型DC制度設計・運営管理機関選定
弁護士株式譲渡契約・訴訟リスク対応

事業承継の3〜5年前にはチームを編成し、各専門家との顔合わせ・方針共有を進めるのが理想です。

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貴社の状況をヒアリングのうえ、最適なプランをご提案します。

よくある質問(FAQ)

Q

60歳を過ぎてから企業型DCを始めても意味はある?

A

はい、意味があります。75歳まで受給開始時期を選べるため、65歳から始めても10年以上の運用期間を確保できます。事業承継のスケジュールに合わせて受給時期を調整できる点も大きなメリットです。

Q

M&Aを検討中だが、企業型DCを導入していると売却に不利になる?

A

むしろ有利になることが多いです。退職給付債務が会社から切り離されているため、純資産がクリーンに見え、買い手の評価が上がる傾向があります。導入を躊躇する必要はありません。

Q

親族内承継の場合、後継者にも企業型DCに加入してもらえる?

A

はい、可能です。後継者も加入者として継続でき、社長から後継者へとシームレスに制度が引き継がれます。「親子で同じ仕組み」という設計ができるのも企業型DCの強みです。

Q

後継者が決まっていない段階でも企業型DCを始めて良い?

A

早めに始めることを強くおすすめします。後継者の決定を待ってから準備を始めると、準備期間が不足してしまいます。後継者が誰になっても、企業型DCで積み立てた個人別管理資産は社長個人のものとして残ります。

Q

廃業を視野に入れている場合、企業型DCはどう活用すべき?

A

廃業時の退職金準備として、企業型DCは非常に有効です。会社の残余財産だけに頼らず、個人別管理資産として確実に老後資金を確保できます。廃業しても企業型DCの資産は保護され、60歳以降に受給可能です。

まとめ:事業承継期こそ、企業型DCで「お金の問題」を整理する好機

最後に、本記事の要点を整理します。

  • 事業承継と退職金準備は別々ではなく、一体で考えるべき経営課題
  • 中小企業の約半数が後継者不在の時代、4つの承継パターン別に最適解が異なる
  • 後継者がいる場合:会社のキャッシュフローを守るため、外部積立(企業型DC)が有効
  • 後継者がいない場合:M&Aなら譲渡対価の最適化、廃業なら計画的な準備で老後資金を確保
  • 企業型DCは事業承継時の「強力な武器」(外部積立・差押禁止・受取時期柔軟)
  • 準備は早ければ早いほど選択肢が広がる
  • 専門家チームの編成が成功への近道

「自社の事業承継、退職金準備をどう設計すべきか」「企業型DCを今から始めて間に合うのか」「M&Aと退職金支給のタイミングをどう調整すべきか」——こうした個別のお悩みは、企業型DCの導入支援実績が豊富な弊社にぜひご相談ください。

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参考・出典

本記事は以下の公式情報・公的資料を参照して作成しています。最新情報は必ず公式サイトでご確認ください。

※本記事は2026年5月時点の情報に基づいて作成しています。法改正や具体的な運用ルールは今後変更される可能性がありますので、最新情報は中小企業庁・厚生労働省などの公式サイトもご確認ください。また、個別の制度設計や事業承継スキームは、専門家へのご相談をおすすめします。

【免責事項】

本記事は、企業型確定拠出年金(企業型DC)に関する一般的な情報提供を目的として作成されています。記載内容は執筆時点の法令・税制に基づくものであり、今後の法改正・制度変更により内容が変わる場合があります。本記事は特定の投資行動・税務処理・法的手続きを推奨するものではなく、個別の状況に応じた専門的アドバイスの提供を目的とするものではありません。実際の導入・運用にあたっては、税理士・社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー等の専門家へのご相談を強くお勧めします。本記事の情報を利用したことにより生じたいかなる損害・不利益についても、株式会社FGパートナーズは一切の責任を負いません。