法人に利益は残るのに、院長個人にお金が回らない|医療法人だからこそ企業型DCが効く理由

「決算は黒字。法人にはお金も残っている。なのに、自分の自由になる資産が増えた実感がない」——医療法人の理事長から、こうした声をよく伺います。

その違和感は、経営判断のミスでも気のせいでもありません。医療法人だけに課されている、利益の還元ルールが原因です。一般の中小企業オーナーが当たり前に使える「利益を個人に移す手段」のいくつかが、医療法人では最初から使えません。

この記事では、なぜ医療法人は利益を院長個人に移しにくいのか、その構造を整理したうえで、残された数少ない出口のひとつである企業型確定拠出年金(企業型DC)が、なぜ医療法人と相性が良いのかを解説します。

📋 この記事でわかること

  • 医療法人が「利益を院長個人に移しにくい」3つの理由
  • 医療法人の理事長は小規模企業共済に加入できないという事実とその影響
  • 役員退職金を内部留保・法人保険・企業型DCで積む場合の違い
  • 医療法人ならではの企業型DC設計のポイントと注意点

1. なぜ医療法人は「利益を院長個人に移しにくい」のか

1剰余金の配当が法律で禁止されている

株式会社であれば、法人に残った利益は配当として株主(オーナー)に分配できます。しかし医療法人には、この道がありません。

医療法人は、剰余金の配当をしてはならない——これは医療法第54条にはっきりと定められた、医療法人の非営利性の根幹をなすルールです。法人に利益が貯まっても、それを配当という形で理事長個人に渡すことは認められていません。

さらに注意が必要なのは、現金の配当そのものだけでなく、事実上の利益分配とみなされる行為(配当類似行為)も禁止されている点です。たとえば、正当な根拠のない役員への貸付、相場から著しく高額な賃借料の設定などが該当します。違反すれば過料の対象にもなり得ます。

参照:医療法「e-Gov法令検索

2役員報酬を上げ続ける方法にも限界がある

「配当がだめなら、役員報酬を上げればいい」と考えるのが自然です。実際、医療法人で生じた利益は、配当ではなく役員報酬という形で払い出すのが基本になります。

ただし、これにも天井があります。所得税は累進構造で、課税所得が一定額を超えると最高税率は45%、これに住民税10%が加わると、増やした報酬の半分以上が税で消える水準に達します。社会保険料の負担も報酬に応じて増えていきます。

さらに見落とされがちなのが、不相当に高額な役員給与は、その過大部分が税務上の損金として認められないという点です。報酬を上げれば法人税は減るはずが、過大とされた部分は損金にならず、結果として法人税・所得税の二重で重くなることさえあります。つまり役員報酬は「上げれば上げるほど得」という単純な世界ではなく、手取りベースで見れば、ある水準から先は効率が急速に悪化していくのです。

3残された主要な出口は「役員退職金」

配当はできない。役員報酬の積み増しにも限界がある。そうなると、法人に蓄積した価値を院長個人へ移す最も効率の良い出口は「役員退職金」ということになります。

退職金は、受け取る個人側で退職所得控除という大きな優遇を受けられ、給与で受け取るより税負担を抑えやすい所得です。問題は、その退職金を何で・どう積んでおくか。ここで選択を誤ると、せっかくの出口が痩せてしまいます。

2. 役員退職金を「どう積むか」で手取りが変わる

1内部留保で積むデメリット

「退職金は、利益を法人に貯めておいて、退職時にまとめて払えばいい」——これが一番シンプルですが、効率は高くありません。

法人に貯まる利益は法人税を払ったあとのお金です。本来なら積立段階で損金にできたはずの資金を、税を払い切ってから貯めることになり、入口の段階ですでに目減りしています。しかもその資金は退職時まで運用されず眠ったままになりがちで、長期で見れば「運用しなかった機会損失」も積み上がります。

加えて医療法人特有の問題として、退職時に過大な退職金を一括で払おうとすると、算定根拠が不明確・過大とみなされれば損金否認や配当類似行為のリスクにも触れます。役員退職金には「最終報酬月額×勤続年数×功績倍率」といった相当性の目安があり、いくらでも払えるわけではありません。出口で初めて慌てるのではなく、現役のうちから計画的に積む仕組みが要るということです。

2法人保険との比較

役員退職金の準備手段として古くから使われてきたのが法人保険です。ただし、近年は損金算入のルールが段階的に厳しくなり、かつての「保険料を全額損金にしながら積み立てる」ような使い方は難しくなりました。

返戻率は商品や解約のタイミングに大きく左右され、ピークを外すと元本割れもあり得ます。また、解約返戻金は受け取った事業年度に法人の益金(利益)として計上されるため、退職金の支払いとタイミングを合わせて利益を相殺する出口設計が前提になります。設計を誤ると、解約益に課税されるだけで終わりかねません。「入口の損金」と「出口の益金」をどう噛み合わせるかという、繊細な調整が常につきまとう手段です。

3小規模企業共済は「使えない」——ここが他業種と決定的に違う

一般の中小企業オーナーであれば、経営者の退職金準備の定番として小規模企業共済があります。掛金が全額所得控除になる、強力な制度です。

ところが、医療法人の理事長・理事は、小規模企業共済に加入できません。 医療法人は「営利を直接の目的としない法人」に分類され、その役員は加入資格の対象外とされているためです(協同組合・学校法人・社会福祉法人・NPO法人などの役員も同様)。

💡 ポイント:一般の中小企業オーナーが当然のように使う退職金準備の選択肢が、医療法人の理事長では一つ最初から塞がれています。だからこそ、医療法人にとって企業型DCの相対的な価値は、一般企業以上に高くなる——これが医療法人特有の事情です。(※個人開業医時代に小規模企業共済へ加入し、その個人事業を廃業せずに医療法人の理事長にも就任した場合は、例外的に継続できるケースがあります。個別の状況は専門家にご確認ください。)

参照:中小機構「小規模企業共済の資格要件について(よくあるご質問)

4企業型DCの位置づけ

こうして消去法で見ていくと、医療法人の役員退職金を積立段階から損金化でき、運用しながら、出口で退職所得控除を使える手段として、企業型DCが浮かび上がってきます。主要な準備手段を並べると、性格の違いがはっきりします。

準備手段積立時の損金運用院長個人の受取り
内部留保×(税引後で蓄積)されない退職金として(過大は否認リスク)
法人保険△(ルールが厳格化)返戻率・時期に依存解約返戻金・退職金
小規模企業共済-(理事長は加入不可)
企業型DC○(掛金は損金/所得不算入)運用益が非課税退職所得控除・差押禁止

3. 医療法人で企業型DCが効く3つの理由

1掛金が損金になり、選択制なら社会保険料も圧縮できる

企業型DCの掛金は、法人が拠出する事業主掛金として扱われます。選択制で導入し、役員報酬の一部を掛金に振り替える形にすると、その分は加入者の給与所得とはならず(給与不算入)、社会保険料の算定基礎(標準報酬月額)からも外れます。

たとえば月5万円(年60万円)を報酬から掛金に振り替えたとします。この60万円には所得税・住民税がかからず、所得税率の高い院長であれば、それだけで年20万円以上の税負担が変わることも珍しくありません。役員報酬を単純に積み増す場合と違い、所得税・社会保険料の両面で効率が良く、所得税率の高い高所得の院長ほど効果は大きくなります。

ここで院長ならではの重要なポイントがあります。厚生年金保険料には標準報酬月額の上限があるため、報酬がその上限を大きく超える院長の場合、選択制で報酬の一部を振り替えても、厚生年金保険料そのものは(すでに上限のため)変わりません。これは裏を返せば、選択制で報酬を下げても将来の厚生年金額は減らないということでもあります。この層では、社会保険面の圧縮効果は健康保険・介護保険の部分と、所得税・住民税の圧縮が中心になります。

一方、報酬が厚生年金の上限に達していない院長やスタッフが選択制を使う場合は、月例の報酬を下げると将来の老齢厚生年金や、傷病手当金・出産手当金などの給付額も連動して下がる可能性があります。「目先の手取り」と「将来の社会保障」のバランスは、報酬水準・年代・家族構成を踏まえて設計する必要があります。

2運用益が非課税で長期複利が効く

通常、投資信託などの運用益には約20%の税金がかかりますが、企業型DCの中での運用益は非課税で再投資されます。退職まで10年・20年という長期で積み立てる医療法人の役員にとって、この差は無視できません。

イメージをつかむための試算例を挙げます。仮に月6.2万円(年74.4万円)を年率3%で20年間積み立てると、元本約1,488万円に対し、運用益を含めた資産は概算でおよそ2,000万円規模に育ちます。このとき生じた約500万円超の運用益に、通常の課税口座であれば約20%(100万円以上)の税金がかかるところ、DCの中ではそのまま非課税で再投資され、複利の土台が削られません。(※年率・期間は前提次第で変動します。あくまで仕組みを示すための概算です。)

なお、運用に対しては本来「特別法人税」という課税の枠組みがありますが、現在は課税が凍結されています。

3受取時は退職所得控除、しかも差し押さえ禁止財産

出口でも優遇があります。一時金で受け取れば退職所得控除の対象となり、税負担を抑えやすい所得です。

退職所得控除は勤続年数(DCの場合は加入年数)に応じて決まり、勤続20年以下は「40万円×年数」、20年超は「800万円+70万円×(年数−20)」で計算します。たとえば加入30年なら控除額は1,500万円。さらに、控除後に残った金額の2分の1だけが課税対象となり、他の所得と分離して課税されます。給与で同額を受け取る場合と比べ、税負担は大きく軽くなります。受け取り方は一時金・年金・併用から選べ、公的年金等控除と組み合わせる設計も可能です。

さらに見落とされがちなのが、資産防衛の機能です。確定拠出年金の給付を受ける権利は、確定拠出年金法第32条により、譲渡・担保提供・差し押さえができない差押禁止財産とされています(ただし国税滞納処分による差し押さえは例外)。金融機関からの借入に個人保証をしているケースの多い経営者にとって、万一のときに老後資金が法的に守られる仕組みは、内部留保や個人の預貯金にはない、大きな安心材料になります。

参照:確定拠出年金法「e-Gov法令検索

4. 医療法人ならではの設計ポイントと注意点

1理事長・理事だけでも導入できるか

「まずは役員だけで始めたい」というご相談は多くあります。企業型DCは厚生年金の適用事業所であれば人数要件なく導入でき、厚生年金被保険者である理事長・理事も加入対象になります。ただし、加入できる人の範囲を規約でどう定めるか(一定の資格による区分)にはルールがあり、合理性のない差別的な取り扱いはできません。役員のみで始める場合の論点は、別記事で詳しく整理しています。

2看護師・医療事務など、スタッフへの展開

医療機関は、看護師・医療事務をはじめ採用と定着が経営の生命線です。求人を出しても応募が集まらない、せっかく育てた人材が辞めてしまう——こうした悩みは、診療報酬の制約で給与を大きく上げにくい医療機関ほど深刻です。

選択制の企業型DCは、希望するスタッフが各自の判断で老後資金を積み立てられる「選べる福利厚生」として機能し、採用力・定着率の向上に効きます。掛金を望まないスタッフは従来どおり給与で受け取れるため、全員に一律のコストを強いる制度ではありません。「退職金制度がある」「資産形成を会社が後押ししてくれる」という事実は、同規模の競合クリニックとの求人比較で確かな差になります。給与を底上げするより費用対効果が高く、節税と人材戦略を同時に解決できるのが、選択制DCの強みです。

なお、扶養の範囲内で働くパート職員などに展開する場合は、社会保険の適用や扶養との関係に配慮した設計が必要です。

3MS法人がある場合の設計

不動産管理や事務受託のためにMS法人(営利法人)を併せ持つ院長も少なくありません。MS法人は株式会社等であるため、医療法人と違って配当も可能で、役員報酬の自由度や活用できる制度(役員がMS法人側のみであれば小規模企業共済の余地など)も異なります。

医療法人とMS法人のどちらで企業型DCを導入するかは、加入対象に誰を含めたいか(医療法人側なら看護師・医療事務まで巻き込める/MS法人側なら少人数の役員中心になりやすい)、社会保険をどちらで付けているか、報酬をどう配分しているかによって最適解が変わります。両法人の役員を兼ねる場合は、医療法第54条の配当類似行為に抵触しないグループ全体での取引の整合性も論点になるため、税理士・社労士を交えた設計をおすすめします。

4個人開業医のうちにできること、法人化後にできること

これから医療法人化を予定している個人開業医の先生は、タイミングの設計が特に重要です。個人開業医であれば小規模企業共済に加入できますが、医療法人化して理事長になると加入資格を失います(個人事業を廃業せず継続する場合の例外を除く)。一方、企業型DCは医療法人化したあとに本領を発揮する制度です。

「個人時代は何を使い、法人化後は何に切り替えるか」を、法人化のスケジュールと一体で考えておくと、退職金準備の空白期間をつくらずに済みます。すでに法人化済みの院長であれば、塞がれた選択肢を嘆くより、使える企業型DCを早く動かし始めるほど、非課税運用の期間を長く取れます。

52027年1月の拠出上限引き上げ(月6.2万円)のインパクト

2025年の年金制度改正により、企業型DCの拠出限度額が月額5.5万円から6.2万円へ引き上げられます(2026年12月施行、2027年1月の拠出分から)。年額にすると66万円から74.4万円へ、積み立てられる枠が拡大します。

加えて、2026年4月からは、加入者自身が上乗せで拠出するマッチング拠出について「加入者掛金が事業主掛金を超えてはならない」という制限が撤廃されます。制度の柔軟性が増す方向の改正が続いており、所得水準が高く、より多くを非課税で積み立てたい院長にとっては追い風です。導入を検討するなら、この拡大枠を前提に設計しておくのが得策で、枠が広がってから慌てるより、先に器をつくっておくほうが、非課税運用の期間を長く確保できます。

参照:厚生労働省「令和7年度税制改正における企業年金・個人年金制度の見直しについて

5. 導入の流れとよくある誤解

導入のおおまかな流れは、現状把握から始まり、制度設計・規約作成、運営管理機関の選定、従業員説明、運用開始という5つのステップに整理できます。手続きの全体像は別記事で詳しく解説していますが、院長からよくいただく誤解をいくつか挙げておきます。

Q

医療法人は非営利だから、企業型DCも導入できないのでは?

A

いいえ。企業型DCは厚生年金の適用事業所であれば導入できます。医療法人であることは導入の妨げになりません。小規模企業共済に加入できないこととは別の話です。

Q

役員退職金をたくさん積めるなら、退職時にまとめて払えばいいのでは?

A

算定根拠が不明確・過大な退職金は損金否認や配当類似行為のリスクがあります。企業型DCは積立段階から損金化でき、出口の一括払いに依存しない点で、医療法人とは特に相性が良い手段です。

Q

選択制DCを入れると、必ず手取りが増える?

A

社会保険料の圧縮で手取りが増えやすい一方、将来の厚生年金などの給付は下がり得ます。目先のメリットだけで判断せず、年代やライフプランを踏まえた設計が必要です。

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まとめ|医療法人の利益は「出口」で差がつく

医療法人は配当ができず、役員報酬の積み増しにも限界があるため、利益を院長個人へ移す効率の良い出口は役員退職金に絞られます。しかも、一般オーナーの定番である小規模企業共済は使えません。

おさえる3点

  • 配当禁止という構造:医療法第54条により利益は配当できず、過大な退職金にもリスクがある。
  • 小規模企業共済が使えない:だからこそ企業型DCの相対価値が医療法人では高い。
  • 積立・運用・出口のすべてで優遇:掛金は損金、運用益は非課税、受取時は退職所得控除、しかも差押禁止財産。2027年からは枠も月6.2万円に拡大。

参照した公的情報源

【免責事項】

本記事は、企業型確定拠出年金(企業型DC)に関する一般的な情報提供を目的として作成されています。記載内容は執筆時点の法令・税制に基づくものであり、今後の法改正・制度変更により内容が変わる場合があります。本記事は特定の投資行動・税務処理・法的手続きを推奨するものではなく、個別の状況に応じた専門的アドバイスの提供を目的とするものではありません。実際の導入・運用にあたっては、税理士・社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー等の専門家へのご相談を強くお勧めします。本記事の情報を利用したことにより生じたいかなる損害・不利益についても、株式会社FGパートナーズは一切の責任を負いません。